『だるまさんがころんだ』

『だるまさんがころんだ』

だるまは黒目を持たずに生み出される。

願いを込めて左目を描くことで願いを叶えてくれると言われている。そして願いが叶ったら感謝を込めて右目を描くというのがだるまの縁起物としての在り方だ。

これはそんなだるまのお話。

緑の生い茂る丘の頂上から少しズレた所にある小屋で僕は毎日のように転んでいた。

それもそのはず、なぜなら僕は目が見えない。誰かが願いを込めて僕に目を描き入れてくれるまでは目が見えないのでバランスが取れずいつも転んでいた。

来る日も来る日もつまづいては転んで滑っては転んでと目の見えない不憫な日々を過ごしていた。

『今日も僕は転んだ』

いつものように身体を揺らして起き上がる。少し違うことといえば不思議と今日はすんなり起き上がることが出来た。そう誰かが支えてくれたから。

「大丈夫?だるまさん」

優しげな女の子の声が聴こえた。優しさの中にどことなく切なさを感じるそんな声だ。礼をすると去ろうとするだるまに女の子は話しかけた。

彼女はだるまを直接見るのはこれが初めてだった。僕に興味を示したようで次から次へと僕の事を聞いてきた。初対面なのに図々しいと思いもしたが僕も人と会話するのは初めてなので彼女の事や僕には見えないこの世界の事を教えてもらった。

楽しくてつい話に夢中になりすぎたのか気がつくと日が暮れるまで話していた。だるまの願掛けについても話したのだが信じてくれなかった。

「嘘だぁ〜」

「それだけで叶うわけないじゃんw」

そう思うのは当然のことで、だるまに黒目を描いただけで願いが叶うのなら世界中の誰もがやっているはずだ。

むしろ僕という黒目の描かれていないだるまがこうして存在していることそのものが願掛けとしてのその信憑性のなさを物語っているといっても過言ではない。

しかし叶えたい願いはあるようでこの日初めて出会い支えてくれた彼女は半信半疑で僕の左目に黒目を描いてくれた。願い事が何かは分からないが彼女の願いは確かに僕の左目に宿っていた。

「願い事が本当に叶ったらその時は右目も描かせてね」

目を描いてくれた事により僕は初めてこの世界を半分だけではあるが自分の目で見て感じることができた。もちろん彼女の姿もはっきりと見えている。15歳くらいで小柄なロングヘアーの似合う可愛らしい女の子だった。

それからというもの彼女は何度も僕に会いに来てはその日あったことなど他愛もない話をした。

片目だけ見えるようになったので転ぶこともなくなった。というわけにはいかず左半分しか見えていないのでバランスが取りにくく今でも時々転んでいた。その度に彼女は駆け寄って支えてくれた。

そんな彼女との日々を過ごすようになり半年も経ったある日突然、彼女は僕の前から姿を消した。

月日は流れ、あっという間に1年が経つ。

彼女が来なくなって数ヶ月が経ったくらいから僕は彼女との日々を思い返すようになった。別に恋をしているというわけではないが生まれてからずっと一人ぼっちだった僕にとって初めての友達だったからいつの日か特別な存在になっていた。

今日も夜な夜な丘の頂上で星を眺めながらそんな彼女の事を考える。しかしあいにくの悪天候で突然の豪雨に襲われる。急いで小屋に戻ろうとだるまが動いた時、雨に濡れた草に足を滑らせ丘を転げ落ちる。

丸い体のだるまに丘の斜面は相性最悪。転がる速さはみるみる加速していき遂には丘の麓の小道を横切ろうとしたその時、雨の中勢いよく近づいてくるライトに視界を奪われその直後、強い衝撃を受け意識が遠のいた。

あれから何時間経ったのだろうか。目を覚ますと辺りは真っ暗で雨は止んでいた。小道から少し逸れた所にある木にぶつかった衝撃で気を失っていたようだ。

意識が朦朧とする中、ゆっくりと起き上がろうとするが身体を打った反動で上手く力が入らない。なんとか身体を揺さぶる勢いで起き上がろうとすると懐かしい声が聞こえた。

「大丈夫?だるまさん」

!!?

幻聴か?いや確かに聴こえた。振り返るとそこには暗くて分かりにくいが確かに彼女の姿があり、また僕を支えてくれていた。嬉しさと驚きと安心した感情が入り乱れただるまは言葉にならなかった。

落ち着きを取り戻した僕と彼女はとりあえず、いつもの小屋に帰ってきた。

1年振りの再会で2人とも何から話したらいいか分からず数分間の沈黙のあと、彼女が口を開く。

「もうすぐ願いが叶いそうなの!」

以前のような明るい口調で彼女がそう言った。

「お、おめでとう!」

嬉しい気持ちとせっかく再会できたのにまた会えなくなってしまうかもしれない寂しさで泣きそうになる僕はまだ叶ってもいないのにお祝いの言葉を返した。そのまま彼女の願い事の話やいなくなった時のことを話そうとするがそんな僕を静止して彼女が言った。

「もう帰らなきゃ」

確かに夜も遅い。学生を夜に引き留めるのもどうかと思ったのでまた明日にしようとだるまも今日のところは話を終わらせた。少し寂しそうなだるまに彼女は忘れ物をしたと右目を描き入れた。

右目を描くのは願いが叶ってからのはずなのになぜ?その証拠に描かれた方の右目に視力が宿らない。そんなだるまの気持ちを察したのか彼女は言う。

「私ね、学校でいじめられてたんだよね。でもやっと解放されたんだ。だるまさんありがとう。」

いじめられていた内容を事細かに話すとスッキリした様子で今までで1番の笑顔を僕に見せて彼女は帰っていった。

僕は知らなかった。あんなに元気で明るい彼女にそんな辛いことがあったなんて。でもいじめがなくなったと聞いてホッとしただるまも今までで1番の笑顔で彼女を見送ることが出来た。

少しして安心しただるまがひと休みしようとしたその時、背中からしわくちゃの半分に折られた紙切れが1枚落ちる。さっき散々転がって泥まみれになったその紙は劣化具合から察するに1年前くらいから貼られていたようだ。そこには"だるまさんへ”と書いてある。

初めてもらった彼女からのメッセージを一年越しに読むだるまの二つの瞳から自然に涙が零れた。

"こんなにつらい思いをするくらいならいっそ死んでしまいたい”

この日からだるまの世界は変わった。今まで見えなかった世界を自分の目で見る事が出来るようになったのだ。でも一つだけ変わらないこともあった。それは彼女とのかけがえのない思い出を忘れないために…。

『今日も僕は転んだ』

~完~

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